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2011年12月22日(木)更新

昇り龍に乗る、ということ

千年続く 会社をめざそう㉕
■ 昇り龍に乗る、ということ■
 
 
昨年12月からスタートしたこのブログも、今年最後となりました。
1年間、本当にありがとうございました。
 
さて来年は辰年です。龍のごとく、大きく羽ばたきたいものです。
 
先日、ある方から「龍にも昇り龍もいれば下り龍もいる」との話を聴きました。
そう言われればそうですね。
「昇り龍に乗れればよいけれど、下り龍に乗ったら大変だ」とも・・・
 
そのお話をお聴きした時は納得した気でいましたが、
時間が経つにつれて「いったい、昇り龍と下り龍の違いってなんだろう?」と
疑問が湧いてきました。
 
いろいろ考えてみたのですが、昇り龍と下り龍を
成長企業とそうでない企業にたとえ、その差を考えるなかで、
自分なりに答えを出してみました。
 
昇り龍は上を見ている。下り龍は下を見ている。
部下や社員の欠点や不足が気になるのは下り龍。
夢やビジョンでウキウキするのが昇り龍。
 
いかがでしょうか?
 
年末はやはり、翌年のビジョンを考えるよい機会だと思います。
昇り龍に乗るために、是非ウキウキ・ワクワク・ドキドキできるほどの
素晴らしいビジョンを描いていただきたいと思います。
 
一方で、事業承継においては、
この1年を振り返りつつ、
事業承継計画の見直しをするよい機会でもあります。
 
権限が経営者に集中している中堅中小企業において最大のリスクは、
経営者が突然采配を振るえなくなることにあります。
そして、こればかりは予測さえできません。
 
よって経営者は、自分にいま何かあったら誰に、
○年後だったら誰に、と常に後継者を明確にしておかなければなりません。

私が経営者の方々に年末必ずお伝えするのも、
「年に1回はこれを明確にし、新年早々、その指名した方に肚括りをするようにお話ししてください」
ということです。
 
この年末年始は、ビジョンと承継計画の見直しをする
よい機会としていただければ幸いです。
 
来年が、皆様方にとって素晴らしい年であることを
心よりお祈り申し上げます。
 




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2011年12月08日(木)更新

2年ワンセットで評価する、ということ

千年続く 会社をめざそう㉔
■ 2年ワンセットで評価する、ということ■
 
 
先日、ある方から賞与に関する相談がありました。
その内容は次のようなものでした。
 
「今年はA君が活躍したが、昨年ぼろぼろで、今年何とか前年をカバー
した、という感じ。B君は昨年前半低迷したが、後半凄く成長した。今
年もやってくれるだろうと、昨年の評価は少し抑えた。今年前半は期待
に応えてくれたが、後半伸び悩んだ。彼らをどう評価したらよいか?」
 
実はこの問題、営業会社ではよくある話。
このような場合、私は「2年ワンセットで考えられたらどうですか?」と
アドバイスします。それはなぜか?
 
まずは賞与の意味について考えてみたいと思います。
 
そもそも人事評価には会社同様、損益計算書と貸借対照表があります。
 
損益計算書とは「ある一定期間の損益」を表しますから、
これを人事に置き直しますと、一定期間の成果や取組み状況などが評価対象となる、
ということになります。
通常は半期ごとに評価を実施し、結果はもっぱら賞与に反映することになります。
 
貸借対照表とは「ある時点における財産価値」を表しますから、
人事では基本的な能力の高さが評価の対象になります。
あらかじめ会社が求める期待人材像を明確化し、いかに近づいているかを評価。
通常は春先に評価を実施し、評価結果はもっぱら昇給および昇格に反映させます。
 
今回のご相談はまさしく前者のもので、なぜ今回のような悩みが生じるかというと、
「期間」と「成果」にズレがあるからです。

ならばこの「期間」と「成果」のズレがなくなれば、
悩みは解決する、ということになります。
 
営業、特に受注生産や請負などといった一品物を扱うような会社や部門では、
半期ないしは1年という短期間では納得感のある評価は難しいもの。
逆に短期間の成果で評価してしまいますと、さまざまな弊害も出てきます。
 
現に単年度評価をしている営業会社で、決算前に受注を調整したり、
好調の年に無理して受注してお客様にご迷惑をかける、
といったケースも見受けられます。これだけは避けたいもの。
 
賞与は通常、半期の業績をみて考えますが、このような場合は、直前1年を通算して考える、
たとえば、今年の12月の評価であれば、昨年1月から今年の12月までの業績を、
来年の6月の評価であれば、昨年の7月から来年の6月までの業績を評価の対象とする。
そうすることで評価もストレスなく行われるのではないでしょうか。
 
この期間がどれくらいが妥当か、
それは扱う商品や会社の体制によって考える必要があります。
 
今回の相談者の場合も、話の内容から
「結局2年ワンセットで考えられている」ことは明白であり、
私はそれを後押ししただけです。

社員一人ひとりの顔が見えている中小企業では、
「実はもう決めている」その腹づもりを起点に考えていただければ
よいのではないかと思います。


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2011年11月22日(火)更新

生かされている、ということ

千年続く 会社をめざそう㉓
■ 生かされている、ということ■
 
 
先日、ある方から、
「百発百中って、実際にありえると思いますか?」
と問われました。

「難しいでしょうね」と答えた私にその方は、
「実はあり得るんです」と微笑みながら、
その秘訣を教えてくださいました。それは……
 
「弓を射ってから、的を描けばいいんです」
 
狐につままれたような気分になりましたが、たしかにそれなら百発百中。
でも何だか釈然としませんね。
 
その方は、私の心を見透かしたように、次のように続けられました。
 
「人生も本来、百発百中なんですよ」
 
「当初自分が目指しているものがあるとしますね。ところがその通りには
いかなかった。でも必ずそこから学ぶことがあるものです」
 
「それが分かった人にとっては、実はそちらの方が本来の的だった」
 
「それを手に入れるために当初目指していたものがあり、そして必然に失
敗した。だから学べた。ということは、その失敗は本当に手に入れるべき
ものを手に入れるための失敗であって目に見えないものが指示した真の的
だった、ということなんです」
 
「自力のみで生きている人はここに気づくことができません。失敗は失敗
でしかない。そういう人は、結局失敗からは何も学べず、あの時、ああし
ておけばよかった、こうしておけばよかったと、後悔しか残らない。悲し
いですね」
 
たしかにその通りです。
大事なのは、他力で生きていることに気づくこと。
よく考えれば、この心臓も、この肺も、この胃腸も、どれも
私の意思通りに動いているものはありません。
勝手に動いてくれています。要するに自分の体でさえも他力。
 
他力で生かされていることに気づいた時、
人はあらゆることから学ぶことができるようになります。
だから苦難を恐れない。失敗を怖がらない。
なぜならそこに得るべき的があることを知っているからです。
 
人は失敗からしか学べません。
でもそれは、他力で生きていることを受け入れた者だけが得られる学び、
なのだと思います。
 
さらに話は発展します。
 
「他力で生かされていることに気づいた人は、そのことに感謝し、報恩の
行動を取り始める。人のために生きようとする。自ら他力になろうとする
んですね」
 
「他力が他力を生み出して増幅する。まさに、他力スパイラルが起こりま
す。ここに人類発展の秘訣があるんだと思います」
 
「こういう考えかたは、この国には元々あったんだと思います。明治維新
で否定され、敗戦で抹殺されてしまいましたけどね……」
 
「結局自力で生きるということは、自分の力の及ぶ狭い範囲でしか責任を
持とうとしないことに等しい。そういう人が増えてしまった」
 
そして最後に、次のように結ばれました。
 
「私たちの行動で、世の中を変えていきましょう!
 
私は大きく頷き、実践を誓いました。





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2011年11月08日(火)更新

行動で社員の心に火をつける、ということ

千年続く 会社をめざそう㉒
■行動で社員の心に火をつける、ということ■

 
Kさんは36歳。昨年4月、勤めていた商社を円満退職し、
父親が経営する会社に入りました。
 
商社では32歳で課長に抜擢されるなど異例の待遇で、
それこそ鳴り物入りでの入社でした。
「他社での経験など意味がない。お手並み拝見と行きますか?」
といった、うがった見方をする社員もいたようです。
 
「全く継ぐ予定がなかった」というKさん。
勤めていた商社とは畑違いの製造業、
「一からの出直し」という気持ちでみっちり現場で汗を流されました。
 
現場に入ってまず気づいたのは、
「汚い」「暗い」「だらしない」職場環境。
 
しかし、自分には何かを言えるだけのものがまだない。
「まずは自分がモノを言えるだけの人間になろう」と心に誓ったそうです。
 
誰よりも早く出社し、出勤してくる社員に大きな明るい声で
「おはようございます」、
わからないことは素直に教えを乞い、
「宜しくお願いします」「はい!」「ありがとうございました」
と明るく受け答え、仕事が終われば、
最後まで残って機械をピカピカに磨いて帰る。
 
「商社のエリート」とは思えないその行動に、社員は最初は戸惑い、
「何か裏があるんじゃないか」とか「メッキはすぐにはがれるさ」といった噂話が起こるほど。
 
ところが、1か月経っても、2か月経っても
その立ち居振る舞いは変わらない。
 
3か月目に入ってから、徐々に雰囲気が変わってきたのだそうです。
ぎこちないながらも、Kさんが声を掛ける前に挨拶したり、
一緒に掃除を始める社員がポツリポツリと出て来た。
そして1年半経過した今では、
見違えるほどの雰囲気になったとのこと。
 
私は、最初に掃除の手伝いをし始めたという
S君にその理由を尋ねてみました。
 
「正直、最初は『商社のエリートに何ができる』って感じ
でした。『親の七光りかよ』って。俺、たたき上げだから、
そういうのって大っ嫌いだった。できないところを見つけ
て、こきおろしてやろうとさえ思ってた」
 
「ところが思い描いていた人とは全然違った。素直で、明
るくって、何でも一生懸命……。自分もこんな人になりた
いな、って素直に思えた。そう思ったら、雑巾を手にして
ました(笑)」
 
実はS君が一番Kさんに反発心を持っていたのだそうです。
お父様も一番心配していた人材だったとか。
でも「味方につけたら最高の人材」だとも……。
 
自らの行動で火を点ける。
その行動が正しくて、魅力的ならば、火は灯り、燃え盛る。
燃え盛るまで、行動し続ける。
そういう姿勢が必要なのだと思います。
 



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2011年10月12日(水)更新

任せ切る、ということ

千年続く 会社をめざそう㉑
■任せ切る、ということ■
 
 
今までのお客様に、今までの商品・サービスを、
今までのやり方で商いをしていて「閉塞感を感じている」──
どうも最近、そういう方が増えてきているように思います。
 
このようなときにはやはり、今までにないお客様に、
今までにない商品・サービスを、今までにないやり方で
提供していくことを考えていかなければなりません。
 
もちろん何でもよいわけではなく、
成長性や収益性の高い分野に属する方向でなければなりません。

しかし実際は、なかなか新しいことに着手できない人が多いもの。
それはなぜでしょうか?
 
「やりたいと思っているんだけど、目の前の仕事に追われて……」
「これが解決したら、と思っているんだけど、なかなか成果が上がらなくて」
 
何か新しいことをやりたいと願うなら、
その手にギュッと握りこんでいるこだわりを一つ捨てなければいけません。
人には365日24時間しか与えられていないのです。
 
経営者の優秀さとは、属人的な能力の良し悪し、高低ではなく、
今自分自身が何をなすべきかを見極め、
そのことに精一杯の努力と時間を割いているかどうかにあります。

なすべきことの選択を間違える、ないしはわかっていながらやらないとしたら、
どんどん成功から遠のきます。
 
事業に閉塞感を感じたら、後生大事に握り込んだ、
なすべきことを制約しているその何ものかを
手放す時が来ているのだという認識が必要です。
 
常に新たなことにチャレンジし、成長し続けている人とは、
やるべき時には徹底してこだわり、
自らの役割ではないと見極めたら、
そのこだわりを捨てる、ないしは誰かに委ねることが得意な人だと思います。
 
そういう人がおそらく実践している、
部下に任せる時のポイントをお話ししておきましょう。
 
人に何かを任せたいと思うならば「先入後出法」でなければなりません。
「先入後出法」とは、やりたいことを先にやり始めてしまって、
二進も三進もいかなくなったその時、
「エイヤー!」と目をつぶって人に任す、そういう任せ方を指します。
 
逆に「先出後入法」は厳禁です。
「まずこの仕事を彼に任せて、彼ができるようになったらこの仕事を始めよう」で
うまくいく例はありません。
 
「先出後入法」の人は、
「君がこれをできるようになってくれさえすれば、
私はこの仕事に取り組むことができる。頼むよ」
と仕事を任せる。ところがなかなかスムーズには引継ぎができない。
 
1か月、2か月と経ってくるとイライラがつのり、3か月もすると
「もういい。君には失望した。俺がやる!」
などといって、手元に戻してしまいます。
 
なぜこんなことが起こるのでしょうか? 
それは任せた側が暇になってしまうからです。
 
よくよく考えてみれば、自分自身も
その仕事を始めた時はそれほどスムーズには出来なかったはず。
それをすっかり忘れてしまい、
精通している自分と比較してイライラする。
なんだかおかしな話です。
 
「先入後出法」ならば、こんなことは起こりません。
いつも新しい仕事に目一杯で、とてもその仕事に手を出す時間などないからです。
仮にスムーズにいかなかったとしても任せるしかない。
口は出せても手は出せない。だから任せる他にない……。
 
「先出後入法」では、部下に対する信頼と部下の自信、
そして「任せる」と言っておきながら任せ切ることができなかったことによって
部下からの信頼が失われていきます。
 
「先入後出法」ならば、最後まで任せきってくれたあなた自身に対する部下からの信頼と感謝、
そして仕事をやり遂げてくれた部下への信頼と感謝が生まれます。
 
「先入後出法」で、今なすべきことに
精一杯の努力と時間を割きましょう。
 



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2011年09月30日(金)更新

会議を“必要善”にする、ということ

千年続く 会社をめざそう⑳
■会議を“必要善”にする、ということ■
 
 

会議はもともと必要悪です。なくてもよいのであればない方がよい。
なぜならば会議そのものは全く付加価値を生まない時間だからです。
 
しかし実際は、ちゃんと顔を突き合わせて話し合うことによってしか
得られない価値もあります。

会議そのものでは付加価値は産まなくとも、
付加価値業務の価値をより一層高めることができる可能性を秘めているのです。
 
その価値とは、
・わかっていたつもりだったが、実はわかっていなかったことに気付けた。
・知らなかった情報、気付かなかったアイディア、思いもよらなかった
素晴らしい考え方を手に入れることができた。
・自分自身の課題が鮮明になり、かつ解決策を見出すことができた。
・自分の使命は何で、具体的に何をすればよいのかが明確になった。
・組織として一枚岩の団結力を高めることができた。
などといったものです。
 
「必要なのに、ない方がよい」
 
会議を考える際には、まずこの原理原則を
きちんと認識する必要があると思います。
 
この両立のためには、いくつかの条件があります。
 
まず所要時間を決めること、そしてその時間を絶対に厳守することです。
これが崩れますと、無為な時間を延々と続けることになりかねません。
 
第二に、その場その場で結論を出し続けること。
何でもいいから結論を出す。
「それでは続きは次回に」などということをやっていますと、
結局、いつまで経っても結論が出ず、
何のために集まったのかさえわからなくなってしまいます。
 
この時間を守ることと結論を出すことを徹底的に訓練していきますと、
準備の仕方を変えざるを得なくなります。ここが大事です。

要するに、会議の充実度は、準備の段階でもう既に決まっているからです。
そして準備そのものが良いものになって来ますと、会議の活性度・充実度が高まってくる、
そういうものなのです。
 
第三に、これが一番重要なことなのですが、
会議は教育の場であるという認識を持つことです。

会議を実施した結果、上述のような価値が得られないといけません。
結果として出るのではなく、会議の主催者は、その価値を出すために会議をする、
という認識で運営をしなければなりません。
 
それができたとき、会議は、必要悪から“必要善”に変わるのです。




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2011年09月22日(木)更新

チャンスの糸をたぐりよせる、ということ

千年続く 会社をめざそう⑲
■チャンスの糸をたぐりよせる、ということ■


フランスの作家、フランソワ・ラブレーの言葉に、
「機会(チャンス)は前頭(まえがしら)だけに髪毛(かみのけ)があり、
後頭(うしろあたま)ははげている。もしこれに出あったら前髪を捕らえよ。
一度にがしたら、神様でもこれを捕らえることは出来ぬ」
というものがあるそうです。確かにその通りだと思います。
 
ただ、先日ある後継者の方とお話をしていて、ふと違和感を覚えました。
実はこの違和感、この方だけに限らず、
たまに頭をもたげてくることがあります。
やはり後継者の方の場合が多いのですが……。
 
この違和感がどこから来るのか、それは、
「チャンスは何もないところから突然に現れる」
というニュアンスだけが、ことさらにクローズアップされることが
多いからだと思います。
 
「だからそのチャンスが現れるまでは、待つしかない」
「……」
 
これが現役経営者、特に百戦錬磨の経営者になればなるほど、
捉え方が変わってきます。
 
先日出会ったベテラン経営者の言葉をご紹介しましょう。
 
「チャンスが突然現れるのではなく、元々目の前にぶら下がっていたチャンスが
ぼんやりと浮かび上がってくる。それがチャンスだと気付いたら、その時を捉え
てググッと引き寄せる。そうしないと、するりとわが手から逃げ失せる」
 
「もう既にそれがチャンスであることがはっきりわかる状態になってしまってい
たら、自分が今まで一生懸命、何年も掛けて温めてきたものを、後から来た奴が
のうのうと奪い取っていく。あたかも自分が一から作り上げたような顔をして…」
 
「チャンスを浮かび上がらせるためには、自らの信念を信じ切って、目の前のこ
とをやり抜くのみ」
 
「そしてそれが7割がた行けると思ったら、覚悟を以てトライする。それが大事」
 
このへんが、地に足付いた実績のある方と
そうでない方との差ではないかと感じます。
 
要するにチャンスとは、何もないところから掴み取るのではなく、
すでに繋がっているものを切らさないようにする、
という姿勢が大切なように思います。
 
そしてそのチャンスの糸は、やるべきことをやるたびに
太く、強くなっていくのだと思います。





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2011年08月26日(金)更新

本当に売れる、ということ

千年続く 会社をめざそう⑱
■本当に売れる、ということ■



よい商品が売れる商品とは限りません。
これはみなさんも実感されているところではないでしょうか。
ではいったい、売れる商品とはどのような商品なのでしょうか?
 
たまたま「売れちゃった」のも、「売れる」の一部でしょう。
でもそれではここでいう「売れる」というニュアンスとは違っています。
 
やはり売れるとは、二度目も、三度目も、
当社の商品・サービスを選んで買っていただく、
これこそが本来の「売れる」という感覚に近い。
そう考えると、「売れる」という感覚よりも、
「買っていただける」という感じが近いですね。
 
「俺はあいつを買ってるんだ」の「買っていただける」・・・
その状態を実現することで売れ続けることができる。
これこそが本当の「売れた」状態であるように思います。
 
それではそのような商品・サービスとは
どのようなものなのでしょうか?
 
第一に、「手にした人にマッチしている」
第二に、「期待を超える品質である」
第三に、「今後も品質を維持してくれるという信頼感がある」
 
いずれも一度は使ってもらわなければわかってもらえないことばかりですね。
 
ところが中堅・中小企業においては、
この「一度は使ってもらう」ことがなかなかに難しい。

それはなぜでしょうか? 
もちろん、会社の規模に対する信頼感の問題もあるのでしょうが、
それよりも大きな要因があると思います。
 
経験則ですが、中小企業においては
商品説明が機能説明になっているケースが多いように感じます。
「こんな素晴らしい材料を使っている」とか「こんな精密な細工が施されている」とか・・・。
 
しかし、お客様が求めているものはそこではありません。
「その機能によって私のどんな欲求を満たしてくれるのか」──。
そこがはっきりしなければ、まず手に取っていただけない、そういうことだと思います。
「手にした人にマッチしている」ことを、
手に取る前にわかってもらわなければ手にしてさえももらえない、
そのことをよく理解する必要があると思います。
 
第二の視点については、私はそれほど心配していません。
中堅・中小企業の商品・サービスの品質は、大変優れていると思っています。
とくにこの日本実業出版社さんの経営者会報ブログを
読まれているような方が作り出される商品・サービスは、
疑う余地がないように思います。

それだけものつくり、サービス改善に真摯に取り組んでおられるからです。
 
最も大切なのが、第三の視点です。
特に平時であればそれほど心配する必要はありませんが、
世の中、いつも順風満帆とは限りません。
そのまさかの時に、人の本性は現れる。
その時の姿勢が、本当の信頼を得る機会でもあることを
認識しておく必要があるように思います。
 
そのような特殊なケースでなくとも、会社に対する信頼が、
お買い求めいただき続ける要因であることを忘れてはならないと思います。
 
さらにいえば、会社に対する信頼とは、経営者に対するそれにほかなりません。
だからこそ私たち経営者は、常に自分自身を律し、磨き、
高め続けなければならないのだと思います。





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2011年08月12日(金)更新

事実の中に真実を見る、ということ

千年続く 会社をめざそう⑰
■事実の中に真実を見る、ということ■


「目に映る事実が、そのものごとの真実を
現わしているとは限らないんですね。」
 
ある社員との面談でのこと。
 
「ついこの前までは、Aさん(彼の前の職場の上司)の
私に対する指導が、いじめにしか思えませんでした。」
 
と話し始めた彼は、今年の配置転換によって、
入社以来の部署を離れることになりました。

Aさんは非常に厳しい人間で、言うことも実に細かい。
それは社内的にも有名で、中には「あの人の下には行きたくない」と
公然と口にする者がいるほど。
彼はそういう上司の下で3年の歳月を過ごしてきました。
 
その彼が今年に入って配属された部署は、全く正反対な部署。
よく言えば自主性を重んじた自由な職場。ありていに言えば放任主義。
あまりの違いに、当初は戸惑いを超えて、恐怖さえ感じたとのこと。

頑丈な柵に覆われた窮屈ながらも安全な場所から、
どこに天敵がいるともわからぬサバンナに放り出されたような感覚だったのだとか……。
 
3か月ほど経って、やっと周りの状況を冷静に見ることができるようになってきたとき、
初めて自分がどれだけ恵まれていたかに気付いたとのこと。
 
「Aさんの下にいなかったら、僕のようなルーズな人間は
ダメになっていたと思います」
 
彼からの相談は、彼が新たに見出した
「新旧両方の職場のよい点を活かして、よりよい職場を作りたい」という目標を、
具体的にどのようにかなえていったらよいか、というものでした。

「それは僕にしかできないことですから」と口にする彼の覚悟に
頼もしさを感じました。
 
いじめにしか思えなかった上司の指導が、自分がその立場にたったとき、
いかにありがたく、いかに稀有なことであったかに気付くことがあります。

実は私自身がそうでした。
残念ながら私自身は、その真実に気付いたときに、
もうその人はおられませんでしたが……。
 
目の前の事実を好意的に受け止めてみる。特に二十代においては、
そういう姿勢が大切だと思います。
 
一方で、上司の方も相当の覚悟を以て望まなければなりません。
特に新卒の場合、初めて付く上司の指導が、生涯を通じて標準になるもの。
それだけ責任が重い。
 
お互いがそのような姿勢で臨んだとき、両者の関係は、
信頼に満ち溢れた、そして相互に切磋琢磨し合える
素晴らしいものになるのだと思います。



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2011年07月26日(火)更新

徹する、ということ

千年続く 会社をめざそう⑯
■徹する、ということ■


今月から少し業務の内容が変わりまして、
会計事務所様へ訪問する機会が増えてきました。

一口に会計事務所といっても、病医院経営のサポートに強い事務所、
建設業のノウハウに優れた事務所、相続にかかわる提案能力に秀でた事務所、
また徹底的なコストダウンを図り、どこよりも安い顧問料を実現している事務所など、実に多士済々。
それらの先生方とお話をしておりますと、非常に学ぶところが多い。
 
その中でも一番感じるのは、「これと信じたものに徹する」という姿勢の大切さです。
実際に業界内では何かに特化しようとしている事務所が多いのですが、
成功しておられる事務所はそれほど多くはない。
 
なかには、一時的には成功したように見えても、結局長続きしない、
という事務所もあるようです。
 
お客様から長期に亘ってご支持いただいている事務所とそうでない事務所、
同じ方向を目指しているのに、なぜこのような差が生まれるのか。
それは結局、徹することができているか否かにあるように思います。
 
このことは何も会計事務所のみならず、
どんな業界でも同じであろうと思います。
 
では、どうしたら徹することができるようになるのでしょうか?
これまでお会いしてきた経営者の方々を思い起こしてみた時、
いくつかの共通点があるように思います。
 
まず第一に、生い立ちや出会いの中に、それに徹するだけの明確な理由が見出せる、ということです。
その意味において、創業家承継が最も明確な理由であるといえるでしょう。

少なくとも思い付きだったり、「他でうまくいっているから」
といった程度のものではやはりだめなようです。

意外に後付のような場合もあるのですが、それでも徹する段階においては、
徹するだけの、心からの叫びともいえるような理由が明確になっていなければなりません。
 
第二に、それに徹することが、結果として現経営者のそれまでの人生で
大切だと感じていることの実践につながっている、
要するに徹することそのものがよき人生を送るための実践である、
という状態になっていることです。

こうなりますと、徹することに拍車がかかります。
それは自然とそうなる場合もありますが、自ら見出そうとする姿勢が必要だと思います。
 
第三に、他を捨てている、ということです。
少なくともある一定レベルに達するまでは、
一事に徹する、そういう姿勢が必要なようです。

いろんな選択肢を持つことは大切ですが、
こうと決めたらそれ以外は捨てる、選ぶのではなく捨てる。
選ぶから迷う、捨てたら徹するしかない。
そういう不退転の心情が、成功の秘訣であるようです。
 
第四に、次代、次々代にまでつなごうとされている。
「自分の代だけで良い」などと考えられている方は、
どうもどこかで落とし穴があるようです。

気の緩み、「これくらいはいいか」などといった甘えが生じてしまう。
そして自分の代だけのことだからその甘えを止められない。
真に徹することができている経営者は、次代、次々代まで見据えている、そう思います。
 
第五に、これが一番大切なことかもしれませんが、
それに徹することによって喜ぶ人があることを最高の喜びとしている。

お客様であったり、社員さんやその家族だったり、
仕入先や協力会社の方々であったり、行政や地域住民であったり・・・
自社がそれに徹することによって喜ぶ人たちの顔を最高のご褒美とできる、
そういう方が、徹することができる経営者の特徴であるようです。
 
いずれにしろ、結局、徹する者が勝つ、そういうことだと思います。




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ボードメンバープロフィール

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かめい ひでたか

1965年岐阜県生まれ。89年名南コンサルティングネットワーク入社。2001年より取締役。後継者育成や経営計画立案を得意分野とする。愛知近県の後継者を対象にした勉強会を各地で主宰するなど、「事業承継」をライフワークにしている。月刊ニュートップリーダー(L.)連載『事業承継の王道』など、執筆・講演活動も精力的に行なう。

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